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2014年3月18日火曜日

NASAに曲学阿世の徒が潜り込んでやがるぜという話

 前回、プロでもない輩が学術論文を査読したつもりになってやがるぜという話をしましたが、今回はその時に予告したネタを消化する前にたまたま入ってきた論文について述べておきたいと思います。

 ギズモード曰く
人類文明はこのままいくとあとウン十年で崩壊することが、NASAゴダード宇宙飛行センター出資の最新調査で明らかになりましたよ。

…との事なのですが、小官はこの論文の論旨はどうも怪しいと考えます。
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技術で資源効率を高めれば資源枯渇の問題は解決できる、という人もいるが、人が人害を回避するため作った技術も結局は崩壊に繋がってしまう。

技術革新で資源使用効率を高めても、人口ひとりあたりの資源消費量と資源採取の規模も同時に増えてしまう傾向がある。そのため、有効な政策不在の状態では、消費が増えた分で資源使用効率を高めた分がチャラになってしまうことが多い。(論文より)

現に過去200年で農業も工業も生産性はかなり向上したが、それで「資源消費が減る」ということはついぞなかった。
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この点についてはおおむね賛成…というか歴史というモノを正しく認識していると見做せますが、

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今は貧富の二極化が激しく、それが資源浪費に直接繋がっている。このふたつを牽引するのが、先進国に多く住むエリートだ。

[…] 積もりに積もった黒字は社会全体に均一に分配されず、一部エリートに支配されている。この富を生み出しているのは人口の大多数を占める大衆なのだが、その彼らにはエリートから富のほんの一部しか回ってこない。普通は必要最低限の生活を維持できるレベルか、それにほんのちょっと毛が生えた程度だ。(論文より)
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ここの部分には論理の飛躍があると小官は考えます。

 事実、文明が進歩すればするほど貧富の差が拡大してゆくと言うのなら、ついぞ百年ばかり前に二人乗りの人力車を引いてた人達は、今頃は直接客を背負って無様にドタバタと走ってなければおかしいのではないでしょうか?
しかし実際には会社からの借り物とはいえ、かつては贅沢品だった4ドアの普通乗用車を乗り回してはるかに速いスピードで何倍も遠くまで乗客を運んでいる。
…そして、その代償に昔の人力車がほとんど消費しなかった燃料をバカスカ燃やしているという状況が現実であるわけです。

 つまり、ごく一部の大金持ちが富を独占し、その生活を支えるために大多数の大衆が生活を切り詰めて働くから資源が枯渇すると仮定するのは、現実を無視している。
っていうか、その種の未来予測シナリオはH.Gウェルズがタイムマシンの中でエロイ族とモーロック族という形で既に描いていますし、当時、資本主義の暴走に警鐘を鳴らすと称してそういう未来図を提示してた人達が二言目には階級闘争が云々とぬかして、最終的には別に資源が枯渇してるわけでもないのに全体主義のディストピア国家を作り上げていった事は20世紀の歴史が証明しています。

 では何が現実かと言えば、それは言うまでもなく社会の大多数を占める大衆が皆平等に豊かになろうとしたために、これを支えるためにはより多くの資源が必要となったという事でしょう。
現に何十年か前までは自動車と言えば政府や軍隊の公用車以外はごく一部の大金持ちの道楽に過ぎませんでしたが、今では先進国の住人の大部分が"必要最小限度"を超える数の自動車を保有していますね?
まあ、そのおかげでわが日本はトヨタを筆頭に儲かっているわけですが。

 加えて言えば、金持ちが貧乏人を搾取して贅沢をすればするほど資源の浪費も正比例して増加するという考え方は正しくありません。
例えばフェラーリはたった一台で普通乗用車数十台分のお値段がしますが、だからと言ってフェラーリを一台作るのに普通乗用車数十台分の板金やプラスチックが必要だなどという事はありません。
より高給取りのデザイナーが時間を掛けて設計し、より精密で強力なエンジンを搭載した自動車が、世界的に名の売れたメーカーから発売されているという形が車そのものの物理的な価値の何十倍もの付加価値をこれに付加しているだけです。

 したがって、この図式を整理すると金持ちが消費したカネのかなりの部分が人件費という形で社会に還元される結果、今度はそれまで自動車なんて持てなかった層までもが軽自動車を買って使うようになる。
この流れが資源の浪費を加速している主因であると考えるべきであり、そこから考えるとこのレポートにあるような
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「解決策は主に2つ。資源がもっと平等に配分できるよう、経済の不平等を減らすこと。資源負担の軽い再生エネルギーに依存し人口増加を抑制することで、資源消費を劇的に減らすこと」
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という処方箋は、人口増加の抑制以外の点については全くの的外れだとしか言いようがありません。
特に後段の部分に関しては前に触れた
「技術革新で資源消費が減るなどと言うのはウソだ!」
という話とは完全に矛盾しています。

もっと言ってしまえば、崩壊シナリオとして示されている
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持続可能な状態がだいぶ長く続くと思われているが、極一部のエリートの将来を枯渇スピードが一番緩いシナリオで占ってみても、エリートは浪費が行き過ぎて、平民に飢餓をもたらし、それが引いては社会の崩壊をもたらす。この種のLラインの崩壊は自然崩壊が原因で起こるのではなく、不平等が原因で飢餓が起こり、それが労働者喪失に繋がって起こる。これは頭に刻んでおくべき重要なポイントだ。
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コレも、かなり盛られています。
現に
「この種のLラインの崩壊は自然崩壊が原因で起こるのではなく、不平等が原因で飢餓が起こり、それが労働者喪失に繋がって起こる」
お気付きですか?この時点で論点がこっそりと天然資源の枯渇から労働者の喪失へとすり替えられている事に。

 論点が天然資源の消費を可能な限り抑え、経済発展は技術革新による効率化の分だけにしておこうという話であるのなら、必然的に解決策は過剰な生産活動と人口の増加をいかに抑制しようかという方向へ向かうはずです。
これとは別に、労働者が生産活動を継続できるようにある程度以上の富を社会の底辺へ還流させろという話を論じるのなら、無理矢理資源の消費量の話を突っ込むのは残念ながら論理の飛躍です。

私は自動車の例で説明しましたが、ごく一握りの大金持ちが付加価値の占める割合の大きな消費行動をする場合と、大多数の大衆が物理的な価値の占める割合が相対的に大きい消費行動をした場合に関して、少なくとも後者の方が環境に対する負荷が小さくなることを証明しなければ、富の不平等が資源の浪費を招くなどと断言してはいけない筈です。

 …つーわけで、小官としてはこの論文は環境問題を強引に社会格差にこじ付けただけの暴論で、曲がりなりにもNASAの名前を出して発表していいような性質の論文ではないと結論付けざるを得ません。
というか、最初っから格差社会をどうにかしろという話がしたいのであれば、シンプルに労働者を搾取し過ぎると大金持ちは自分の足元を突き崩すハメになるから医療や福祉をもっと大事にしろと論じればいいだけの話です。

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