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2007年10月13日土曜日

コンベン裏のおもひで その参

 四万円のプレステ3が出ましたね、下位互換性無いけど。
あの商品、ハードウェアとしての完成度はまず良い。
「普段使うこと」を考えるなら、「360」なぞよりよほど良い。
ただ、まだソフトの数が出揃ってないし、ソフトの中身もまだまだ。
でも、これで「薄いプレステ2」と「安いプレステ3」を一緒に使うって人はけっこう出てくると思います。
そういや「みんごる」のオープニング、座頭市になってましたね。
まあ、正味の話。家にハイビジョンテレビが無きゃプレステ3を買うメリットなんて「だけゲー」ができるぐらいなもんですが。

 …ああ、そうでした。
今回はコンベン裏で急転直下の約束でしたね。
戦争が平和だった小官の故郷が基地関連で再びやかましくなったのは大田さんが代理署名というのを拒否したあたりからでした。
 折しも米兵による少女暴行事件かあり、
「もうこの人達迷惑だからグアムに帰ってもらいましょう」
という集会が行われたのが今回と同じコンベン裏でした。

 で、大田さんも大風呂敷広げた以上相応の事はやらなきゃならんというわけで、一体何をやったかというと、早い話がアメリカへ直訴しに行った。
それまでは日本政府や防衛施設局とやりあうのが通例だったが、日本ははっきり言ってポチなので「アメリカ様が一番」が前提で結局何も変えられないだろう。
…ならばというわけで渡米し、問題のアメリカ様から日本政府に働きかけてもらおうとしたわけです。

 そしてこの問題は当時実際に国際的に注目を集め、もう少しでアメリカの世論を動かすというところまで行きました。

それが政治・軍事的にどういう事を意味するかは置いといて、
「沖縄から本当に基地を無くすにはどうすれば良いか」という事を、きちんと考えた上で具体的かつしたたかに行動したわけです。

 で、どうなったかというと直後の選挙で落選した。
コンベン裏に8万終結したにもかかわらず、県民の過半は
「基地はあってもいい」という意思を表明したわけです。

そして彼の代わりに当選した稲嶺さんはというと…
歯に衣着せずに言わせて頂ければ、国から貰ったお金を内地から来たゼネコンに配る利権政治家でありました。

そもそも今もめている辺野古ヘリポートにしてからが、彼が選挙公約として掲げた夢想的な計画が始まりですし、実際彼の時代でハコもの関連での汚職とかが目立つようになってきました。
 せめて彼が掲げた「県の失業率を本土並みに引き下る」という選挙公約だけでもきちんと守られていたのなら、小官も故郷を離れずに済んだかも知れないのですがね。

 いなくなった人の事をグダグダ言っても詮無いのですが、だいたい小官、彼が政権を奪ったやり方からして気に喰いません。
こんな事になると知っていれば保存しといたのですが、小官の家にもそもそも沖縄には第三次産業以外ロクな産業基盤が無い事を棚に上げて県経済の低迷を「大田の失政」と断じた上で「稲嶺こそ救世主」とするカラーの政治漫画がメインのパンフが入ってまして、
「莫迦な学生には漫画で十分ってか?」と、それまで稲嶺に対しては
「好きでも嫌いでもない」だったのが一気に「山師は嫌い」になったもんです。

 そもそも死ぬ前に英雄だの救世主だのと言われたり自称したりするような手合いにロクな人間はいやしません。
 そういえば、みんなの大好きな「またよしいえす」が出たのもこの選挙のときでした。

加えて言うならば、この選挙の半年ほど前に「茶柱が云々」という、まあ、「えげつない本」が出まして、タイミング的にも少々推理力を働かせれば、小学生にだってこれがまじめな本の形態をとった政治宣伝である事は見破れて当然の状況だったのですが、後から聞くと結構大勢の人がこれにダマされてたみたい。
 当時小官も結構赤っぽかったのですが、思想的な事とはまた別に
「さすがにこの勝ち方は汚いだろう」との感覚を覚えて学生なりに細々と情報収集活動をやっていたら、「ある雑誌」に
「発行のタイミング的にたまたまプロパガンダとして作用してしまったが、本来は悪を暴く事が目的であり、他意は無い」という趣旨の言明が載っておりまして、
「確定だな、てめえで犯行を認めやがった」と思ったもんです。

ちなみにこの会社、その数年後には稲嶺県政の腐敗を暴くという内容の暴露本を出してましたから、これはあくまでも状況証拠を元にした推論に過ぎないのですが、こいつら「なんでも反対」な自称文化人
じゃないとすれば、選挙の時は色々と工作資金を貰えてたが、政権を取った後は「釣った魚に餌はやらない」とばかりに干された…
というか汚い仕事をさせた奴とは関係を持ちたくないという風にやられたので報復に出たってとこでしょう。

こんな輩に筆で食ってゆく事が許さているのですから、小官の故郷はまったく美しい島です。

 何が何やら話が見え辛くなってしまいましたが、要するに今から考えてみると、県民がこうも無節操な政治的挙動を示すのは、マスコミの言う事をあまりにも無批判に受け入れてしまっているところがあるからじゃないのかと。
コンベン裏に県民が集まるという事は、つまるところそういう事なんじゃないかとも思うわけなんです。

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